今月の本   0408号 数学を語ろう! 1 幾何篇
 R.ウイルソン・J.グレイ編
小川真理子・川端留美子・名倉真紀・平澤美可三・松本三郎・丸本嘉彦・村上斉 訳


今回紹介する本は、数学の本です。といっても、米国の一般向けの数学雑誌の コラムを集めたものですので、とても読みやすいですし、わかりやすく先端の 数学の世界に関することが書かれています。

私には、このような雑誌があること自体がうらやましいです。日本では、数学 好きの人のための雑誌はいくつかありますが、一般の人向けの数学の雑誌はほ とんどみかけません。

だから、普通の人は数学者は数学みたいなわけのわからないものを一生懸命や っている変な人たちだと思っています。そのため数学の話題は最初からわから ないものだとして拒否しています。

しかし、この本に現れる著名な学者は、数学をやるきっかけは、若いころ数学 の美しさに感動したからだと述べています。たしか、アインシュタインも物理 をやるきっかけは、この複雑な世の中の現象が、単純なニュートン方程式を仮 定するだけで著されるということに感動したことにあったはずです。こう考え ると、数学者や物理学者も、芸術家とそれほどかわらず自分がさらに感動する ものを見つけてそれを伝えるために活動していることがわかります。そして、 それを映画や劇をみるように感動して楽しむという楽しみ方があることもわか ります。

ところが、そういうことが雑誌や教育現場では取り上げられていないようです 。そのため、理系ばなれという現象がおきているのではないでしょうか?

特に数学には美しいものがいくつもあるのですが、それを伝える努力があまり 見受けられません。たいていわけもわからず勉強しているうちに、偶然であっ ておどろくといった感じでしょうか。自然科学系の雑誌でいえば、竹内先生が 創刊したNewtonのような、学問の美しさをつたえるような雑誌が数学関連にも ほしいものです。

最近円周率を何桁までおぼえさせるかということが話題になっていましたが、 むしろ桁よりもそれをどのようにつかうもので、どのような美しい性質をもっ ているかということを教えた方が数学好きの人をふやすには良いと思います。 円周率は、各桁の数字は乱数として使えるほどランダムに現れて無限に続きま す。ですから、まったくでたらめの値のように思われるのですが、じつにきれ いな級数で計算することができます。あのようなでたらめの数字がそのような きれいな級数であらわされることが驚きです。実際、日本の和算学者である建 部賢弘氏は、円周率を求める美しい公式を世界に先駆けて独自に見つけて発表 していますが、そのときの感動は推察するにあまりあります。(その詳細は円 周率を計算した男という小説に描かれています。)他にも、サインとコサイン の虚数倍の和がなぜか指数関数の虚数乗になるという式も見ているだけで不思 議です。(この不思議さを伝えようとしたオイラーの贈物という本もあります 。)ほかにも、数学でいろいろ遊んでいるとそこらじゅうにそのような不思議 な美しい関係が現れます。

ですから、そのような数学の美しさを次々と芸術作品のように伝えるような雑 誌があれば、相当数学好きの人が増えるのではないでしょうか。

そして、今回紹介する本では、登場する学者が先端の数学のおもしろさについ て熱く語っています。数学自体は理解できなくても、その人の行動原理は理解 できますから、より数学者や数学が身近に感じることができるようになります 。特に幾何なので他の数学の分野より雰囲気は感じることができると思います 。(ただ、記号の意味がわからなくて知りたい時は前にも紹介した虚数の情緒 を読むことをお勧めします。)

日本では論理的でない議論でよくものごとが決定します。こういう本を読んで 数学好きの人が増えることによって、より論理的で建設的な議論が行われるよ うになってほしいものです。日本の各界にそのような数学愛好者が増えること は日本にとってもよいことだと思われます。 過去にも、フェルマーやデカルトのような、本職の傍らですばらしい研究成果 を上げている方はたくさんいます。数学は紙と鉛筆だけでできますから、比較 的そういう人がでやすいのです。最近そういう話しは聞かなくなりましたが、 現代では昔のスーパーコンなみの性能のパソコンを個人で所有できるのですか ら、そのようなマルチな活躍をする人たちが再び数学の世界に現れてもよいこ ろのような気がします。

そのためにも、数学愛好者の人口を増やすような雑誌などがデザイナーと数学 者が共同製作するような形ででてきてほしいものです。デザインの資質を全て の人が拾得するのは難しいので、数学の表現をデザインに翻訳できるような優 れたデザイナーのような人たちが増えて、それらの人たちがそのような雑誌を つくるときっと、人々の興味を惹き付けるようなすばらしいものができあがる ものと思われます。もっとも惹き付ける文章を記述する能力も、全ての人にあ るわけではありません。ですから、秀麗な文章を書ける方が数学のおもしろさ を言語に翻訳して書いてもおもしろいものができると思います。(私としては 司馬さんのような流暢な文章で数学を読んでみたかったです。)

そして、こういう表現の多様化の努力は、数学者自身にとっても重要だと思わ れます。というのも、先端へ進んで行くほど数学はどんどん複雑化して細分化 されて数学者でも他分野が理解できないような現象がおきつつあります。実際 、この本の最初の章は、知らずに2度解かれた問題についての解説です。また 、この本の別の章では、ある著名な学者が、数学の論文には一段落しか読めな いものと最初の一文しか読めないものの2種類しかないというようなことをお っしゃっていました。このようなことを聞くと一般の多くの方もわからないの は自分だけではないのだと思って、ほっとされるのではないでしょうか?しか し、学問として考えた場合によいこととは思われません。異分野の情報がなに も入ってこなくなって、学問の視野が狭くなってしまうからです。数学の中に は記号論というものあるのですから、全ての人にわかりやすい数学表記という ものも考えてみるべきではないでしょうか?現状は分野が異なるものを読む度 に外国語を新たに学ぶような努力が必要となっています。異分野の人が大いに 交流できるようになってこそ、数学がおもしろく進歩するのではないでしょう か?上記に提案した雑誌をつくることによって、その実現のヒントがおおいに 得られるものと思われます。

そう思っていたところ、この本に出会いました。この本から推測すると、そう とうわかりやすく先端数学の魅力を伝えている雑誌のようです。いつか日本も こういう雑誌がグリーン車や飛行機に備え付けられるような知的な雰囲気を持 った社会になってほしいものです。

では、また来月に。


では、また来月に。

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