今月の本   0405号 世界をだました男
フランク アバネイル (著), スタン レディング (著), 佐々田 雅子 (翻訳)


この本は、昨年公開されたレオナルド・デカプリオ主演のスピルバーグ監督作品「Catch me if you can」の原作本です。TVでも紹介されていましたからご存じの方も多いかもしれません。

このような原作本でおもしろいものは少ないので、原作本はめったに読まないのですが、この本のおもしろさにおどろきました。まず、訳がよくてとてもテンポ良く読めます。そして、書かれている内容が奇想天外といった話しなので一気に読めてしまいます。この本の作者は、少年のころ遊ぶ金に困って詐欺の手口を覚えます。その後工夫して、つぎつぎととんでもない手口を編み出します。そのみごとさはまるでルパン物でも読んでいるかのようです。

ただ、現在FBIで犯罪の手口を教えているという彼が書いただけあって、犯罪をおこそうという気にはならないように書いてあります。苦労して達人となっても結局数年しか逃げることができませんでしたし、その逃げている間の心境がいかにつらいものかも書いてあり、犯罪がわりに会わないものであることもわかります。

また、この本を読んでわかるのは最初が肝心ということです。この人のような詐欺の達人でも最初はびくびくしていて、そのとき捕まっていれば、その後普通の生活をしたのではないかと思われます。しかし、たまたまそれがうまくいって自信をつけてしまうと警官をも平気で欺けるような人になってしまうのです。ですから、軽犯罪をいかにしにくくするかが、犯罪防止には効果的であることがわかります。

ところで、この本は、普通の人には娯楽作品としてとても楽しめると思いますが、セキュリティー担当の人にとってはなかなか恐い本で、頭をかかえる方も多いのではないかと思います。セキュリティー担当の人は是非とも読んでこの人が仮に詐欺をしようとして本当に防げるかよく検証をしてみるべきだと思います。この人がカモにしていたのは、当時の日本人ならだれでも知っている大企業ですが、あまりに大きな企業なのでこの人が詐欺をするスキを与えてしまいます。そして、現在の日本の企業でも、その企業以上にセキュリティー対策をとっているところはそんなにないと思われるからです。

たとえば、最近ビジネス街では、首からIDカードを下げているビジネスマンをよく見ますが、彼はそのカードを巧みに偽造しています。そして、いったん偽造できたら、今度は自由に入り、その企業の一員として自由に行動してしまうのです。ですからあのようなIDカードというのは、道に迷った人を入れない為には役立ちますが、この本の著者のような人の侵入を防ぐことはできません。それどころか行動の免罪符を与えてしまいます。むしろ昔ながらに警備員が一人一人の顔を丹念に覚えている方が安全なのです。ただ、それが大企業だと難しいわけです。(もっともフォーサイスの作品の英国の情報機関には一度顔をみたら忘れないという特技の人がつとめていて、何万枚の写真の中からスパイをみつけるのに利用しているという記述がありますから、そのような特異能力の人を雇うことができれば可能かもしれません。)

せめて、刑事コロンボが手帳をみせるように、警備員にだけ中身をみせて、他の人にはみせないような処置が必要ではないかと思います。ICチップで認証を行うなら認証機械との間にだけ電波をとばして周囲の人に傍受されないような処置も必要でしょう。

もっとも、それだけハードを工夫してもこの著者は、そのハードをつくる人たちも騙してそのハードをつくる機械自身を手にいれたりしていますから、たとえハードをつくる機械を犯罪者が手に入れても悪用できないようにしないと安心はできないのです。でもそのようなシステムは私が知る限りほとんどありません。(SFの中ではレンズマンシリーズのレンズがそれにあたると思いますが実際につくることなど不可能でしょう。)ですから、セキュリティー担当の人がこの本を読むと相当頭がいたくなるのではないかと思います。

ただ、暗号システムを工夫すれば製造機械が悪人の手に入っても大丈夫なシステムは可能と思われますから、多くのシステムが早くそうなってほしいものです。

しかし、そうなってくるとソフト的な工夫が必要になりますからますますシステムをつくる方はややっこしくなって注意しないとかえってセキュリティ的に危険になったりします。

例えば、英国では、身体情報を持ったカードを国民一人一人が持つようになるそうですが、それが眼底の血管や手の動脈のようなものであれば普段は見えないのでいいのですが、それが指紋やDNAのようなものであると、水を飲んだ後のコップや髪の毛を手に入れることにより技術力のある人ならカードが偽造ができてしまうということになります。そして悪意を持った人が、それを利用して自由に活動できるということになります。さらに、その情報が一カ所のサーバーに集まるということなら、ひとたびそこにこの本の著者かルパン三世のような人が紛れ込んでデータを盗めば、任意の人に化けることが可能になってしまいます。(このようなことは最近のウイルス騒ぎと個人情報の漏洩騒ぎからすると、十分あり得るような気がします。)セキュリティーというのは不思議と厳しくしようと工夫するほどかえって穴も大きくなってしまうようです。

しかもその穴の影響はどんどん大きくなるばかりです。なにしろ、国家レベルのシステムがいくつもつくられつつあります。例えば、電子投票が導入されつつありますが、悪意のある人がプログラムやハードを換えた場合の対策などが十分なのかとても不安です。万が一、そのようなことがおきると民意を自由にコントロールできてしまいます。セキュリティ技術の穴の有無が国家の命運を左右してしまうこともあり得るのです。ですからこれからは、一般の人ももっとセキュリティ技術に関心を持っていかねばならないような気がします。この本を読んで多くの人が(詐欺のテクニックではなく)セキュリティ技術の方に関心を持ってほしいものです。

もっとも、最近日本でもようやく手の血管を暗証番号の変わりに使う銀行が現れてきました。それなら、仮にデータが流出してもまず偽造は不可能でしょうし、本人に成りすまされて犯罪に利用されるということもないでしょう。さらに、利用者も暗証番号を覚えなくてよいので便利です。

現在の技術力なら、そのようにちょっと工夫するだけで、相当安全で快適な社会が実現できるはずですので、セキュリティに関係している方にはぜひこの本を読んで、この本の著者が手も足もでないでかつ利用者は快適に利用できるシステムをつくってください。

では、また来月に。


では、また来月に。

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